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札幌のリサイクルショップ 買取と販売のアレイズ



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トミー ぴゅう太 1982年

ぴゅうた

ぴゅう太は,1982年にトミーより発売された16ビットゲームパソコン。ぴゅう太という名称は子供用のこん『ぴゅーた』というところから名付けられたそうです。当時の販売価格は59,800円。玩具店を使った販売も行われました。当時ホビー用は8ビットの時代に16ビットのCPUを搭載し、専用カートリッジでゲームを楽しむだけでなく標準搭載の日本語記述BASIC(G-BASIC),グラフィックソフトのG-GRAPHICによって自作のゲームを作ることができました。メモリはビデオRAM兼用で16キロバイトで、ゲーム作成用にスプライト機能を備えており、アクションゲームを作るのにも適しておりました。当時キーボードは高価だった為か、素材はゴム製でした。また海外にもTUTORという名前で輸出されてりました。


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はなやま玩具 ダイヤモンドゲーム 1933年

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ダイヤモンドゲームは1933年(昭和8年)に「はなやま玩具」から発売されました。ダイヤモンドの光沢を模した頂点が6つある星型の盤面上を用いて遊ぶボードゲームです。なお、「diamond game」はいわゆる和製英語であり、ダイヤモンドゲーム 変形の 「Chinese checkers」などといいます。

当初、ゲーム盤は紙製で駒は木製のものだったそうです。その後、ブリキ製が発売され、昭和40年代にプラスチック製のダイヤモンドゲームが発売され現在のスタイルになりました。

日本で一般的に行われているバージョンは、盤面上の6つの頂点部は赤・緑(青)・黄の3色で色分けされ、相対する頂点部は同一の色になっている。その片方の頂点部に盤と同じ色に塗り分けられた王駒1個と子駒14個を配置して相対する側の同一の色の頂点部に全て移動させたものが勝者となるというゲームです。

海外では若干遊び方も異なる様です。



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スーパーファミコンソフトを手元で遊べる携帯型ゲーム機 スーパーボーイver2

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スーパーボーイver2はスーパーファミコンソフトをポータブルゲーム機としても、据え置き型ゲーム機としても楽しめる優れものの互換機です。SNES(北米版スーパーファミコン)、及び日本のスーパーファミコンのカートリッジとの互換性があります。派生コントローラーとスーパーマルチタップにも対応しています。テレビに接続した際は、ゲーム機本体の十字キーボタン及び各種ボタンは動作しない為、スーパーファミコンと互換性のあるコントローラーが別途必要となります。
おそらく今販売されている携帯スーパーファミコン互換機の中では、一番評判が良い製品です。価格がやや高いのが欠点ですが・・・。
また、他のスーパーファミコン携帯互換機は、おもちゃっぽい見た目のものが多いため、デザインが良いのもこの製品の強みです。


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1994年 プレイステーション、セガサターン

1994年 プレイステーション、セガサターン
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プレイステーションは株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)より発売された家庭用ゲーム機である。
『ファイナルファンタジーVII』を代表とする3DCGムービーを多用した物語性の強いゲームソフトが新しいジャンルとして確率した。
最終的にはセガサターンやNINTENDO64との市場競争を繰り広げ、最終的に主導権を握った。
セガサターンはセガ・エンタープライゼス(現:セガ)から発売された家庭用ゲーム機である。発売時の日本での価格は44,800円とかなり高額だった。代表的なゲームタイトル『バーチャファイター2』はミリオンセラーを記録した。


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昔のゲームカセットがそのまま使える!!11機種対応のレトロゲーム互換機 レトロフリーク



レトロフリークは、1台で11機種のゲーム機用カートリッジを接続してプレイできる「レトロゲーム互換機」です。子供の頃に遊んだゲームを今でも残してある方なら、そのカートリッジを接続するだけで、当時の興奮や感動を再び体験できます。

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ファミコン、ゲームボーイ(カラー)、ゲームボーイアドバンス、スーパーファミコン、メガドライブ(海外含む)、PCエンジン(スーパーグラフィックス)などに加えて、追加のコンバーターを使えばゲームギア、セガ・マークIII、SG?1000など、1990年代前半までのいわゆる「第4世代」レトロゲームをほぼ網羅的にプレイできる夢のマシーンです。

レトロフリーク対応カートリッジ
● ファミリーコンピュータ
●スーパーファミコン
●Super Nintendo Entertainment System(NTSC/PAL)
●ゲームボーイ
●ゲームボーイカラー
●ゲームボーイアドバンス
●メガドライブ(NTSC/PAL)※メガアダプタ使用時はセガ・マークIII/SG-1000対応
●GENESIS(北米版メガドライブ)
● PCエンジン
TurboGrafx-16(海外版PCエンジン)
PCエンジン スーパーグラフィックス

さらに対応機種を更に追加する周辺機器で、最大15機種のレトロゲームに対応しています。
ギアコンバーター(別売/ギアコンバーターセット[CY-RF-C]に同梱)を使用することで、ゲームギア、セガ・マークIII、SG-1000のゲームをレトロフリークで遊ぶことができます。また、NESカートリッジコンバーター(別売)を使用することで、Nintendo Entertainment System(海外版ファミリーコンピュータ)のカートリッジにも対応可能です。
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ファミコンダビングマシーン ファミリー・エース

ファミコンのROMカセットのバックアップがとれるというファミリー・エースです。
通称マジコンと呼ばれており製品ゲームのバックアップしたゲームを実機でプレイできるという代物です。
怪しくも危険な魅力を漂わせるアイテムですね。

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パイオニア レーザーディスク・プレーヤー LD-1000 1981年発売

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1981年10月に国産一号機のレーザーディスクプレイヤーLD-1000が発売されました。
当時の販売価格は22万8000円とかなり高額です。画像の美しさ、ハイファイサウンドの優れた再生能力に、高額ながら予約注文が殺到したそうで、発売後最初の3日間で総出荷台数が2,300台を数えたそうです。
しかし、絵の出るレコードLDは一部のマニア向け商品以上には普及しませんでした。VTRの様に録画ができなかった事やレンタルが後期のごく一部を除いて禁止されていた事が原因だったが、そもそも当時の一般感覚では、そこまで性能を追求するには時期早々であった様です。DVDやBlu-ray発売後もLD機の販売は2009年まで続けられました。
ちなみに「レーザーディスク」はパイオニアの商標です。 一般名称は「レーザービジョン」「LD」などです。


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1977年 カラーテレビゲーム15

1975年にエポック社から初めての家庭用テレビゲームが発売されました。

そして2年後の1977年に任天堂からカラーテレビゲーム15が発売されました。


カラーテレビゲーム15

カラーテレビゲーム15と言うことで15種類のゲームを遊ぶことが出来ます。

遊べるゲームは

テニス、卓球、ホッケーなどの8種類。

それにダブルスなどのバリエーションがあって15種類になります。

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基本的にはこの画面です。

テニスやホッケーによって枠が出来たり、中央に変化がありますがコントーラー部分は同じで、基本同じゲームです。

本体のスイッチを変更することによってラケットのサイズやボールの早さを変更する事が出来ます。

カラーテレビゲーム15はそれなりに注目されて、購入した人も多いとは思います。

しかし、翌年の1978年にスペースインベーダーが出現して一気に古くさくなりました。






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国産第一号の家庭用テレビ TV3-14T 1953年 

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国産第一号として発売されたテレビが、シャープの14インチ「TV3-14T型」で、当時の販売価格は17万5000円でした。当時の初任給が高卒で5,400円、大卒の初任給が約1万円、中堅サラリーマンの月給約3万円程度の時代です。ここからテレビ時代の幕が開きました。
全てダイヤル式で、発売当時は1チャンネルのNHKのみ受信していたそうです。NHKが放送開始をする前にシャープの創業者が、アメリカのテレビをベースに製作したらしいです。

大変高価な電化製品でありますが、その後1962年には普及台数1000万台を超え、普及率約50%。1969年には普及率90%に到達したとの事です。

今では一家に数台が当たり前のテレビですが、こんな歴史があったんですね。


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1988年 世界初のデジタルカメラ FUJIX DS-1P

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デジタルカメラを世界で始めて開発したのは富士フイルムだという事実をご存じでしたか?
富士フイルムは、早くから将来のデジタル化を見据えた研究開発に取り組んでいました。1970年代には早くも、カメラのデジタル化に不可欠な、光を電気信号に変換するCCD(Charge-coupled device)の自社開発に着手しています。1980年代以降も、デジタルイメージング技術に関わる研究開発を積極的に押し進め、1988年に世界初のフルデジタルカメラ「FUJIX DS-1P」の開発に成功、翌89年には、量産化されたデジタルカメラとしては世界初の「FUJIX DS-X」を発売しています。
「FUJIX DS-1P」の開発以前、電子スチルカメラは、比較的低価格で入手可能だった磁気メディアであるビデオフロッピーに、静止画をアナログ方式で記録し再生するシステムが主流でした。当時、半導体メモリーは極めて高価であり、そこに静止画をデジタルで記録して、まだ性能が低かったパソコンで鑑賞するという考えは現実的ではありませんでした。しかし、ビデオフロッピーは安価なもののデータ保存容量が小さく、回転ムラによる画像の乱れや欠落が発生しやすいという欠点を抱えていました。
半導体メモリーカードにデジタルで記録する方式は、低ノイズで色再現も良いことがわかっていましたが、最大の問題は半導体メモリーの価格にありました。しかし富士フイルムでは、いずれ技術の進歩によって半導体メモリーの価格が大幅に下がるであろうこと、イメージセンサーの性能が飛躍的に向上すること、画像圧縮技術の進化などを予測し、半導体メモリーカードに静止画をデジタル記録するという、当時の常識を覆すデジタルカメラの開発に挑戦することを決意したのです。そうして生まれたのが、世界初のフルデジタルカメラ「FUJIX DS-1P」でした。
写真フィルムメーカーである富士フイルムが、フィルムを使わないカメラを開発できた背景には、既存の技術に固執しない創造的破壊によって、常に新しい価値を創造してきた富士フイルムの歴史や文化が存在しています。「世の中に影響を与える技術・製品を創りたい」――技術者の熱い想いとともに、富士フイルムはいつもひたむきに研究・開発に取り組んできました。そうしたマインドによって、デジタルカメラの開発に勇気を持って身を投じ、ついに世界初の製品を生み出したのです。

独自技術で、最先端を切り開いていく――それが富士フイルムのDNAであり、世界初のデジタルカメラ「FUJIX DS-1P」の開発もその象徴的な産物です。そのDNAは、最新のデジタルカメラ「FUJIFILM X」シリーズにもしっかりと受け継がれています。


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電子戦隊デンジマン 1980年~

電子戦隊デンジマンは、1980年から1981年まで放映されたスーパー戦隊シリーズの第4作目です。
初めて巨大ロボが登場した「バトルフィーバーJ」に続き、スーパー戦隊シリーズの基盤が改めて形作られた作品です。
バラエティに富んだ登場人物、コミカルかつ残虐な敵組織・ベーダー一族、軽快な展開ながらも重みがあるストーリーが特徴的です。また、後年の作品に比べ一般市民が犠牲になる展開が多い作品でもあります。
唯一スーパー戦隊シリーズの作品間で世界観が繋がっている作品でもあり、ます。 (デンジマン→サンバルカン)

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放送期間:1980年2月2日~1981年1月31日
放送日時:土曜日(18:00~18:30)
原作:八手三郎
オープニング:ああ電子戦隊デンジマン(成田賢)
エンディング:デンジマンにまかせろ!(成田賢)
放送局:テレビ朝日
出演:結城真一、大葉健二、津山栄一、内田直哉、小泉あきら、舟倉たまき、曽我町子 ほか多数

美しいものを嫌い、この世をヘドロやスモッグで覆い尽くさんとするベーダー一族は、次々と宇宙の星々に侵攻していった。彼らの攻撃を受けたデンジ星は、自分たちに代わりベーダーを倒してくれるものの出現を願って、滅亡寸前に超大型宇宙船「デンジランド」を宇宙に放出。「デンジランド」は地球にたどり着いた。
それから3000年、ついにベーダーが地球に侵攻を開始した。ロボット犬アイシーは、地球を第二のデンジ星にしないために赤城一平ら地球人の若者5人を選び出して、彼らにデンジ星の超兵器与える。5人は「電子戦隊デンジマン」を結成してベーダーから地球を守るのだった。


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1995年 バーチャルボーイ

1995年に任天堂から発売されたバーチャルボーイは今考えると時代を先取りしたゲーム機になります。

希望小売価格15,000円。

今ならスマートグラスやビデオグラス ディスプレイ、ヘッドマウントディスプレイなどの名称で販売されている商品に形は似ています。

ただし大きさはまったく違います。

任天堂のバーチャルボーイは装着するゲーム機ではなく、スタンド装着されたゴーグル型のディスプレイに目を近づけて、のぞき込みながらプレイするゲーム機になります。


バーチャルボーイ3




今の3D程ではありませんが左右の画面に視差による異なる映像を表示させることで立体画面を実現しています。

その大きさや設置方法から持ち運びできるゲーム機ではなく、据え置き型のゲーム機になります。

今では裸眼で3Dが見られる機械として任天堂の3DSや一部のスマートフォンでもありますが、バーチャルボーイの3Dは奥行きや立体感などで性能は上になると思います。

しかしカラーは、より立体感をだすためか黒地に赤で表現されるため、色彩的には寂しい物でした。


バーチャルボーイ2



CPUには32ビットを搭載し、3D機能を楽しめるなど高性能なハードでした。

任天堂も次世代のゲーム機として力を入れ、周辺機器を販売する会社やソフトハウスなどの反応も良かったのですが任天堂でも類を見ない失敗作になりました。

ソフトの本数も少なく、発売してから1年を待たずに生産は終了して処分価格で販売されていました。

バーチャルボーイは商業的には失敗でしたが、ハード的に価格の割にはキチンとしていました。

複雑は単純です。

双眼鏡のような本体の上部にはる眼幅と視力を調整できる2種類のツマミが付いています。

のぞき込む部分にはスポンジのカバーがあり、そのおかげで外部の光を遮断する事ができ、ゲームに集中できるようになっています。

本体前面野下にゲームのカートリッジを入れるカートリッジスロットがあります。

コントローラーは左右に十字ボタンと、左にスタート、セレクト、右にA、Bボタンが配置されていたほかに裏側にもボタンが付いていました。

それをフルに使うソフトがありませんでしたが、複雑な操作も可能でした。


バーチャルボーイ1




通常はA/C電源で動かしますが、単三電池6本で7時間の連続使用が可能でした。

全世界累計出荷台数は77万台


バーチャルボーイ




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1970年!!手投げグライダー飛行機 模型飛行機

今でも駄菓子屋さんなどで手投げグライダー飛行機 模型飛行機

よく遊んでいたのは1970年代。


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材質は紙や軽いEPP材料などを使用しています。

構造も単純で組み立て簡単、工具は不要です。

型から取りだして組み立てるだけですぐ完成できて、しかも手軽によく飛びました。

誰が作っても軽快なフライトが楽しめます。

手投げグライダー飛行機 模型飛行機は組み立ては簡単ですが、完成後、最初に機体を投げる際はできる限り水平に力を抜いて飛ばします。

投げた後、機体が下へ墜落するような場合はおもりの位置をずらしたり、機体後部を軽く手で上側へまげて水平尾翼を上へ向けます。

右や左に曲がってしまう場合は上記と同様に機体の後ろ側を曲がってしまう方向とは逆に軽く曲げます。

その他、色々と工夫するときちんと飛ぶようになります。

1970年代は第二次世界大戦で活躍した零戦などが多かったように思います。

先端のおもりはプロペラになっていたと思います。

その他に当時の最精鋭の戦闘機としてF-4ファントムの人気がありました。


手投げグライダー飛行機 模型飛行機


1963年に1963年にF-4Bが艦隊配備を開始されてベトナム戦争で活躍しました。

1970年代は配備されてから10年程度しかたっていませんでした。

日本の自衛隊でも採用されて主力戦闘機になったのでほか、機体の性能や運用実績から多くの西側諸国に採用され、各国の要求に応じて様々な派生型が数多く作られたことより冷戦期の代表的な機体となりました。

日本もF-4Jとなり、独自の進化を遂げました。

F-4の生産数は総計5,195機となり、西側で運用された戦闘機の中ではF-4が唯一の機体です。

初飛行から50年以上経過して開発国のアメリカでは全機退役して保管されているほか、退役した空母の上で展示されていたりしますが、日本では現在でも多くの機体が現役のまま運用され続けています。



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3代目 日産 グロリア 1967年 

1967年 日産 グロリア

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日産とプリンス合併後の67年4月に発表された3代目グロリア。
車名の「Gloria」は”栄光”と言う意味で、当時の皇太子(今上天皇)と、美智子様の成婚を記念して命名されました。
欧州調のセドリックとは対照的にアメリカ車的なスタイリングを持っていますが、部品共通化が図られ、初代からの特徴だったド・ディオン式リアアクスルは捨て去られてしまいました。

国内初の3ナンバー規格の大型乗用車で、「ロイヤルライン」と呼ばれる美しいボディーラインと特徴的な上下4灯式のヘッドライトが特徴で、今でも愛好家の間で人気のモデルです。


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今だ現役の人気商品 「写ルンです!」 1986年

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写ルンです!が発売されたのは、1986年、今から30年も前のことです。

今なお発売されており、30周年を迎える超ロングセラー商品なのです。

30年間の、写ルンです!の総出荷数は17億本との事。

筆者も昔は写ルンです!が必ずカバンの中に入っていたものです。

しかし、時代はデジタル化の波におされて、出荷台数は減少の一途をた

どっておりましたそうです。

そんな写ルンです!の再ブームが巻き起こったのは、2015年の夏頃!

それまでは、殆ど売れることがなかったのに、2015年の12月には30倍

もの売り上げになっているそうですよ。

現像するまで、どんな写真が出来るのかわからないドキドキ感!

デジタルでは味わえない感覚ですよね。

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