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札幌のリサイクルショップ 買取と販売のアレイズ



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日本初の冷凍食品!!

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いま私たちの日常の身近にある冷凍食品!
忙しいときなどチンして手頃に食べられるのでとても便利ですよね!!

種類も豊富でラーメン、チャーハン、スイーツにお弁当のおかずなど様々!
いまでこそ多種多様にございますが日本初の冷凍食品はいったいなんだったのでしょう??

答えは1930年(昭和5年)にイチゴを冷凍したのが最初です。
鮮度が命な物を冷凍して食べれるかをしらべたかったのでしょうか??
ちなみに、世界初の冷凍食品もアメリカでジャム用のイチゴを冷凍したのが最初でした。
なぜイチゴが選ばれたのか・・・・気になりますね!!






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世界初の無線操縦玩具『ラジコンバス』 1955年

 「遂に出た 世界で初めての無線操縦玩具!」

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1955年、玩具メーカー・増田屋コーポレーションが発売した「ラジコンバス」のキャッチコピーです。
ゲルマニュームラジオから、トランジスタラジオに入った時代、増田屋コーポレーションは、安いコストで無線で動かせる玩具を考え、日露戦争で通信に使われたコヒラーを応用して、世界で最初の無線操縦玩具開発し、ラジコンというネーミングで「ラジコンバス」を発売しました。当時の販売価格は4500円。大卒の初任給が約1万円の時代、現在なら10万円にも相当する高額なおもちゃだったが、飛ぶように売れ、ヒット商品になったそうです。
ちなみに、「ラジコン」は同社の登録商標なのです。


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フエキ『どうぶつのり』 1975年

キュートなどうぶつ型のパッケージでお馴染み、1975年の発売開始以来、ロングセラーを誇るフエキの『どうぶつのり』。
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小さい頃から使っている、という人もきっと多いことだろう。最近は、このキャラクターをモチーフにしたグッズもいろいろと出てきているそうです。ところでこの「動物」って何だと思います?  犬なんです。 ではなぜ「犬」ではなく「どうぶつ」なのでしょうか。
実は、1975年の発売当初は“犬”だけでなく、他にも“うさぎ”と“ぞう”という種類があり、このすべてをひっくるめて『どうぶつシリーズ』と呼んでいたんだそうです。ところが、年月を重ねていくうちに人気が偏ってきたため、“犬”以外の動物は廃番にしたんだそうです。『どうぶつのり』の名前はそのまま残って現在に至っているわけなんですね。

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テレビ型ラジオ「シネマスーパー」 1956年

テレビ型ラジオ「シネマスーパー」
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テレビ型のラジオ“シャープ・シネマ・スーパー / モデル5S-85”です。

1956年(昭和31年)発売。販売価格は10,900円でした。当時の高卒国家公務員の初任給が5900円ほどだった事を考えると相当高価な物だったんですね。ちなみに当時のテレビの価格が約17万円前後だそうです。もの凄い金額だったんです。
テレビを持つなどとは庶民には夢のまた夢。せめて形だけでも・・・という発想からこの様なテレビを模したものが出来たそうです。

え

スイッチを入れるとこのようにイルミネーションが灯るのです。

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ソニー ハンディカム一号機 CCD-M8 1985年

ハンディカムの歴史は、1985年に誕生した1号機「CCD-M8」から始まりました。
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ちなみに「ハンディカム」とはハンディタイプのカムコーダーという語源だそうです。

ハンディカム一号機は相当革新的な製品で、カメラ一体型でなおかつ重量が1.1kgと、当時としては非常に軽量だったのです。
今でこそ小型軽量が当たり前ですが、当時は重量2kg超が一般的で両手で支えるか三脚などを使用するのが一般的な時代。
片手で持てて、しかも簡便化されており操作が簡単!! 爆発的なヒットを記録したそうです。

再生用に据え置き型8ミリビデオデッキも同時発売され、その愛称は「ウェルカム」でした。


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太陽電池式電卓 アモルトンCX-1 三洋電機 1980年

1980年9月に発売された世界で最初のアモルトン内蔵太陽電池式電卓。

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三洋電機は、非晶質のアモルファスシリコン太陽電池を初めて実用化した寿命約10年のポケット型電卓「アモルトンCX-1」を発売しました。アモルファスシリコンは現在各種の半導体に使われている単結晶シリコンに比べ、大幅なコストダウンが図れるところから活発な開発競争が繰り広げられており、昨年初めアモルファス太陽電池を開発した三洋電機が世界に先駆けて実用化に踏み切ったものなのです。 今では当たり前となったソーラー充電ですが、ここが原点なのです。



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日本初のコンビニはセブンイレブンではない??

今や私たちの生活に欠かせないコンビニですがその始まりはわずか40年前に
さかのぼります。

日本最古のコンビニをご存知ですか??
ファミリーマートでもローソンでもましてやセブンイレブンでもございません・・・・
日本最古のコンビニはセイコーマートなんです!

北海道の方にはなじみ深いコンビニエンスストア!
本社は北海道札幌市中央区。1号店は1971年(昭和46年)に開店しております。
そのあとセブンイレブン1号店は1974年(昭和49年)に開店していることから
三年遅れて開店しています!

北海道内の店舗数が、セブンイレブンを抜いて一番!!
本社が北海道だから多いだけでしょと思うのは大間違い
2位のセブイレブンとの店舗数をぶっちぎりで追い抜き200店舗以上の差をつけています

ローカルチェーンのコンビニが店舗数で一番になることはほかの都道府県ではありえません””
最古のコンビニはかなりの強者のようですね!



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ふとん乾燥機 ほすべえ 三菱電機 1977年

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国産第一号のふとん乾燥機は、1977年に発売された三菱電機の「ほすべえ」AD-600。

価格は22800円だったが、天候不順で布団の天日干しがしにくい北陸地方から始まり、

その後都市部に市場を広げ、初年度で販売台数175万台の大ヒットとなりました。


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1894年 日本初の電気扇風機 東芝

電球が灯る国産第1号機は、黒く頑丈な姿。
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低価格の芝浦電気扇を経て、「扇風機は芝浦」へ。

電気扇風機が日本に初めて輸入されたのは1893(明治26)年だが、翌1894(明治27)年に、芝浦製作所(当社の前身)は直流エジソン式電動機の頭部に電球をつけた日本初の電気扇風機を開発した。白熱電球が登場して間もないころに、スイッチ操作一つで、頭部に電灯が灯り、同時に風が出る扇風機は、真っ黒で分厚い金属の羽をつけた頑丈なものだった。

しかし、技術的な面や使い勝手は高価な輸入品には及ばなかったため、工夫を重ね、1916(大正5)年には品質の優れた、一般庶民にも手が出る低価格の芝浦扇風機を製造し、人気の家電アイテムになっていった。

当時は30cmと40cmの首振り形と固定型があり、単相誘導電動機の擬似三相式起動法によって大量生産を狙った。

さらに1920(大正9)年には、東海道線の急行列車向けに直流扇風機を製造し、換気のために窓をあけるしかなかった長距離乗車の客から大いに好評を得た。

アイロンと並んで最も早く国産化されたという電気扇風機。関東大震災で工場が全焼して生産が止まったこともあったが、景気の回復とともに需要も拡大し、卓上用、天井用、換気用、鉄道車両用など製作アイテムも増え、「扇風機は芝浦」と言われるようになった。

こうして扇風機は、製品の開発、機種の充実、生産の拡大が行われ、次第に家庭に普及していったものの、第2次世界大戦が始まると外国家電の輸入は止まり、国産品も1940(昭和15)年7月7日から実施された『贅沢品製造販売制限規則』によって製造が中止された。イラン、イラク方面への輸出がわずかに行われていたが、終戦までは海軍艦船用直流扇風機の製作に限られていた。

戦後の1946(昭和21)年になると、まず進駐軍向け、輸出向けに生産が始まった。翌1947(昭和22)年には国内一般向けの扇風機の生産、販売が再開され、以降、毎年新しい機能を搭載した新機種の開発が行われ、業界に大きな刺激を与えるようになった。

その後、高度成長期に入ると、扇風機の普及率は1961(昭和36)年~1963(昭和38)年の3年間で29%から48%へと急上昇した。この間、ユーザーの便利性を追究して無段変速装置、ワンハンド俯仰角調節装置、首振機構内蔵、ガードクリップ止めなどを採用した。その後も、風が断続するウィンク扇、和風扇、ガードレス扇、和室用アンドン扇、さらに羽根前面着脱装置、全面首振角度調整装置の採用を始め、カラー化を行い、1967(昭和42)年には分解包装のハンディパックを採用するなど、流通面でも大きな改革をもたらした。


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シャープ ターンテーブル式電子レンジR-600

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国産初のターンテーブル式第1号家庭用電子レンジ「R-600」。1966年にシャープが発売を開始しました。
ターンテーブルの採用によりムラ焼けやムラ加熱を解消。庫内でぐるぐる回って食品をむらなく温める画期的なレンジは後の電子レンジの形を決定づけました。

当時、火を使わない調理器が人々に理解されるまで月日がかかるだろうと考えられていましたが、いつかかならず家庭に入る日が来ると確信し、まずは業務用として地道な普及への努力を続けた成果でした。

爆発的な売れ行きと人気を博したそうですが、当時の発売価格はなんと198,000円!!
今でいう200万円くらいの価値でしょうか。


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ハコスカ 日産 スカイライン C10型 1968年


量産型スカイラインクーペの歴史は3代目の「ハコスカ」から始まりました。

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1968年7月にデビューしたハコスカは、最初は1500ccのセダンのみという展開でした。その2ヵ月後に直列6気筒のL20エンジンを搭載した2000GTが登場。翌年2月にGT-R、8月には1800ccを追加するなどバリエーションを徐々に拡大していきました。
6気筒のGT系モデルは、4気筒モデルに比べて長いエンジンを搭載するために、ノーズを195mm延長しています。これはセダンもクーペも変わらず、デザイン上でも大きな差となっています。なお、2000GTのL20エンジンは日産製のエンジンで、S20と1500cc/1800ccの4気筒エンジンはプリンス自動車が開発したエンジンです。ハコスカは、日産とプリンス自動車の合併後最初の車両だけに、このような体制が取られています。
セダンのデビューから遅れること約2年、GT-Rが投入されました。ホイールベースをセダンより70mm短くして全長を15mm、車高を15mm短くし車両重量を20kgも軽くしたクーペボディ仕様です。これにより運動性能が増し、スカイラインは国産スポーツカーの代名詞として確固たる地位を築くこととなりました。なお、当時はクーペとは呼ばず、ハードトップという呼称を使っていた様です。
スカイライン2000GT-R 2HT(ツードアハードトップ)と書いてあるものをよく見かけます。

トップモデルは言うまでもなくGT-R。日産と合併したプリンス自動車のR380に搭載されていたレース用エンジンであるGR-8の血を引く直列6気筒DOHC24バルブエンジン「S20」を搭載し、レース50勝(消して連勝ではない)という金字塔を打ち立てたモデルです。
GT-Rは、専用のフロントグリルとフェンダーミラー、加えて後輪のホイールアーチを覆うオーバーフェンダーが装着され、精悍な雰囲気を身にまとっていました。

 ちなみに、スカイラインの名を持つ最初のクーペは、1960年のトリノショーに参考出品され、1962年に正式発売された「スカイラインスポーツ(BLRA-3)」。スカイライン1900をベースに、ミケロッティがデザインしたボディを架装しています。価格は当時では驚きの185万円。
当時大卒の初任給が約15,000円の時代ですから、今でいう一千万越えのスーパーカーなのです。

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1971年発売 日清カップヌードル

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1971年に発売された日清カップヌードルは今なお販売され続けている

ロングセラー商品。当時は定価100円で発売されました。

当時は袋入りインスタント麺の5倍近い値段設定などもあ

り、スーパーでも殆ど相手にされなかった様です。

しかし警察や消防、警備会社といった深夜勤務がある職場では夜食、

非常食として一定の需要はあったそうです。そんな中1972年に、連合

赤軍浅間山荘事件が起こりました。マイナス20度近い厳寒もあり、機動

隊員への弁当が凍ってしまうという問題が発生し、そこでカップヌードル

が大活躍したそうです。

熱湯があれば温かいラーメンが食べられる、チキンラーメンなどの袋麺

と違い、容器も必要ないため、機動隊員に支給されたカップヌードルは

隊員の士気を保ち、事件解決への足がかりとなったとも言われています。

このカップヌードルを食する機動隊員の姿がテレビや週刊誌の写真に映

され、事件の行方に釘付けであった国民が「あの食べ物は何だ?」と

話題になり、爆発的大ヒット商品となったそうです。

銀座での歩行者天国を用いた若者への販売イベント、給湯機能付き自販

機の開発、毎日放送の人気番組「ヤングおー!おー!」での宣伝効果も

あり、カップヌードルの人気は不動のものとなり、カップ麺というジャンルが

確立しました。

筆者も中学生頃に近所このカップヌードル自販機があったのを良くおぼえ

ています。当時は近所にコンビニなどという便利なものは存在しておらず、

夜な夜なこの自販機を利用したのを覚えています。


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1996年 世界初のスマートフォン!!

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世界初のスマホをご存知ですか??
全世界に普及したAPPIEが発売しているアイフォン・・・ではないんです!!

実は世界初のスマホは1996年に発売していたのです!

1996年と言えば、高い値段の携帯電話に変わってPHSが普及し始めた時期でもあり、
DDIポケットがPメールサービスを開始した年でもあります。

その頃の携帯はモノクロ画面が一般的で、
現在のようなカラーでタッチパネル操作という技術は一般化されていませんでした。
もちろん今の携帯電話の様に多機能でもございません!

その中世界初のスマートフォンと言われているのが、
ヨーロッパで発売されたノキア「Nokia 9000 Communicator」という機種です。

これまでの1~9までの数字と*や#のボタンを縦に並べた縦型のタイプではなく、
パソコンのキーボードを小型化して配置した横型携帯電話で、画面はモノクロ
当然タッチパネルは搭載されていないモデルとなっています

今の形状とは異なります!
時代の進化を感じさせますね!!



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いすゞ 117クーペ 1968年

いすゞ117クーペは、いすゞ自動車が1968年から1981年まで生産していた乗用車です。
長きにわたりいすゞのフラッグシップを務め、70年代の日本車を代表する傑作車として、現在も多くの愛好者がいます。

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ジョルジェット・ジウジアーロがチーフデザイナーを担当した本車は、イタリア車の様な流麗なボディラインが特徴的で、当時の日本車市場の中でも異彩を放っていました。
また、日本で初めて電子制御燃料噴射装置を搭載した車でもあり、技術的な面でも特別な存在の車だったといえます。

本車は生産数が少なかったことでも有名で、その総生産台数は86,192台に過ぎませんでした。
さらに、発売からの10年間に1台も廃車をだしていないという業界記録も持っています。

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全長 4,310mm
全幅 1,600mm
全高 1,310mm
ホイールベース 2,500mm
車両重量 1,075kg
路上最高速度 195km/h

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ホンダの名機 CB400FOUR 1974年

本モデル以前の同クラス国産4気筒エンジン搭載車は、1972年からドリー

ムCB350FOURがフラッグシップモデルとして製造販売されていたが、重

厚なスタイルとは裏腹にマイルドなエンジン特性から販売台数は少なく、

排気量アップや軽快なカフェレーサースタイルへのモデルチェンジを実施

し1974年12月3日に発表、同月5日に発売されたのが本モデルです。

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当時の400ccクラスは直列2気筒エンジンが主流であり、4気筒エンジ

ンを搭載する本モデルはドリームCB350FOURベースに徹底的なコスト

ダウンを図って開発されたにもかかわらず、免許制度の問題から2種

類のエンジン・フレーム・スペックはもとより、日本国内仕様ではカラー

バリエーションも追加したため逆に高コストとなったことから、日本国内

仕様は1977年に低コストを前提にした2気筒エンジンを搭載する次期

モデルホークシリーズへモデルチェンジされ販売終了。

海外向け仕様は継続生産されたが、最終モデルではタンクに子持ち

ラインが入ると共に特徴であったリンク式バックステップが廃止される

などコストダウンが実施され、1977年モデルを最後に生産終了となり

ました。



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